これまで活躍した日本人アスリートの中でも最も素晴らしい身体能力の持ち主だった選手として度々名前が上がるのが、室伏広治さん。現在は第2代スポーツ庁長官や東京科学大学特命教授などを務めています。
今回は室伏広治さんがこれまで残してきた伝説や記録、室伏広治さんが超人と言われる所以について調査しましたよ。
室伏広治の記録は?
室伏広治さんはハンマー投げの選手として活躍しました。自己最高記録は2003年のプラハ国際で記録した84m86、これはアジア記録であり世界歴代4位の記録です。7キロ超えのハンマーをそれだけ飛ばせてしまうというのは、恐ろしささえ感じる話です。
室伏広治さんは高校生時代の1992年にやり投げで68m16という記録を残しており、これはかつて千葉県の高校記録の数字でした。また、大学生時代の1995年には円盤投げで44m64という記録を残していますよ。
室伏広治が残した伝説は?
ここからは室伏広治さんが残した伝説について紹介していきますよ。やはりオリンピックでの活躍が印象深いですが、オリンピックなどの大会の記念硬貨 使える店についても要チェックですよ!
高校時代からハンマー投げで無双
幼い頃からテニスや水泳、野球に少林寺拳法、ゴルフなどあらゆるスポーツに触れてきた室伏広治さんは、高校時代に陸上部で活躍。やり投げ、走り幅跳び、三段跳び、ハードルなど様々な競技に取り組み、高校一年生の夏前から専門種目としてハンマー投げに取り組むようになりました。
室伏広治さんは高校時代から凄まじい成績を残しており、日本高校新記録を樹立したり、インターハイを二連覇したりと大暴れでしたよ。
インカレ四連覇
1993年より中京大学に進学。ハンマー投げ選手としてアジア大会5連覇、日本選手権10連覇を成し遂げるなど「アジアの鉄人」と呼ばれた、室伏広治さんの父でもある室伏重信さんらのコーチングを受けて、大学でも日本学生新記録を樹立するなど活躍。インカレで4連覇を達成するなど、新たな伝説を紡ぎました。アジア大会2位、日本選手権優勝などの実績を積んで、1995年の世界陸上にも出場しましたよ。
アテネ五輪で史上初の快挙
2004年に行われたアテネオリンピックでは82m91という記録を残しました。これは同大会では2位の記録でしたが、83m19の記録を残していたハンガリーのアドリアン・アヌシュ選手にドーピング疑惑が浮上し、最終的にドーピング違反で失格処分となり、室伏広治さんがアテネ五輪のハンマー投げ競技の優勝者となりました。陸上の投擲種目における金メダルというのは、オリンピックと世界選手権を通じてアジア人史上初の快挙であり、室伏広治さんはまさにアジアの陸上史における伝説を残したのです。
出典:Tokyo 2020
日本選手権で20連覇を達成
大学三年生の時に日本選手権で初優勝を達成した室伏広治さん。実はそこから2014年まで、大会20連覇を果たしたのです。勿論、この20連覇というのは歴代でも最高の数字。20年間にわたって日本でハンマー投げのトップランナーとして在り続けるというのは、今後も誰も真似できないことでしょう。室伏広治さんと同じ時代にハンマー投げで結果を残していた選手にとってはたまったものではありませんね。
実は世界一の記録の持ち主だという噂も?
オリンピックでは、まさかの1位がドーピングで失格になるという形で金メダルを獲得した室伏広治さん。自己ベストの84m86という数字は世界歴代4位の記録ですが、実は1位から3位までの記録を出した選手はいずれもドーピング歴があるのだとか。「実質的には室伏広治さんがハンマー投げ世界一だ!」という人がいるのは、そういうわけなのですね。
ちなみに、男子ハンマー投げの世界記録歴代トップ10の記録の中で、2010年以降で記録されたのは現在9位のイーサン・カッツバーグ選手の記録のみ。男子ハンマー投げは記録が更新されにくい競技のようです。
始球式で131キロを記録
室伏広治さんの伝説としてよく語られるのは、ハンマー投げの話ばかりではありません。プロ野球の始球式を行うことになった際、力強く投じられた球の球速が131キロを計測したというのも語り草になっています。アマチュアの野球選手がフォームをしっかり固めると10キロ以上速くなった、なんて話はよく聞くもので、室伏広治さんについても、もししっかりフォームを固めて練習すれば、プロ級の140キロ、150キロを計測してもおかしくないということなのですね。なお、練習では140キロを超えることもあった、という噂もあります。
立ち幅飛びのベストが3m60
室伏広治さんの身体は全身がバネの塊と評されるほどの物であり、跳躍力も凄まじいのだとか。なんでも、立ち幅跳びの自己ベストが3m60らしいのですが、この数字はレイ・ユーリーさんが持っていた当時の世界記録、3m47を上回る数字なのです。非専門競技で世界記録クラスの数字を叩き出せるというのは少々異常ですよね。
それほどのバネがあるのにハンマー投げというのはしっくりこないような気もしますが、ハンマー投げにも全身のバネは大いに役立っていたそうです。
スポーツマンNo.1決定戦で圧勝
様々なアスリートが多種多様な種目で鎬を削るTBSの人気特番「スポーツマンNo.1決定戦」に出場した際には、ビーチフラッグスで短距離走の選手を圧倒し、パワー系種目でもアメフト選手などを含む名だたるアスリートを凌駕、様々な競技でオールラウンドに活躍し、圧倒的な総合優勝を果たしました。
後に「No.1のスポーツマンは室伏広治さんに決まっている」という理由から、室伏広治さんは殿堂入りとなり、大会に参加しないようになりましたよ。
室伏広治が超人と呼ばれる所以は?
ハンマー投げでの活躍も当然超人に値するほどの物を見せる室伏広治さんですが、多くの人が彼を超人と称する理由はやはり室伏広治さんの活躍が自身の専門競技にとどまらないからなのでしょう。
赤子の頃から並外れた身体能力を見せていた、という逸話まである室伏広治さんは、単純に「人間」として常人からは逸脱した能力の持ち主であり、それ故に「超人」と称するのがしっくりくるのでしょうね。
最後に
今回は室伏広治さんの伝説や記録、超人と言われる所以について紹介しました。あらゆる種目の垣根を超えた、全ての日本人アスリートの中でも特出した存在として見られていた室伏広治さん。後にスポーツ庁の長官に就任するなど、日本のスポーツのアイコン的存在になるのも納得ですよね。